せきらら留学生活日記

留学先・フランスでの様子と夢の美大生ライフを綴ります。

結局わたしは《une petite japonaise》

Salut !

長いことブログを更新できていませんでした。

だいぶ日々のルーティンができてきて、ブログに書くことあるはずなのに寝てしまうことが多かったのですが。今日は書かなければならないと思ったことがあったので、記しておきます。

 

タイトルのUne petite japonaise

直訳すれば「小さな日本人」という意味ですが、ここではちょっと皮肉っぽくいってます。

所詮わたしは日本人だということを、とある経験で今日再確認し、痛感しました。

 

授業の帰り道。

新しくできたクウェートから来た友達とわかれ、大学内を一人、夕飯のことを考えながら歩いていました。ちなみに今日の夕飯はトマトソースベースの豚肉と野菜(パプリカ、玉ねぎ、キャベツ)チーズ煮込みとパンでした。名前が長いね笑 

帰りに美味しバゲットと野菜を買って帰ろうと思っていたら、二人のフランス人に呼び止められました。

 

「すみません、アンケートを取っているんですがお時間よろしいですか?」

 

いつもならそそくさとその場を去るのですが、大学内ということもあり、安全なアンケートな予感がしたので足を止めました。

質問の内容は、ストラスブールのクリスマスマーケットなど、大きなイベントにおけるヨーロッパのセキュリティについてどう思うかというものでした。最近アメリカのあちこち、さらにはフランスのマルセイユでもテロがおき、もっと言えばフランスの厳重警戒レベルが解除されたこともあってのタイムリーな内容だったので、自分が思っていることを、日本のセキュリティと比べながら話しました。

すると、一人の女性が近づいてきました。

 

「すみません、今あなた方の話を耳にして是非お話しに参加したいんですけど混ざってもいいですか?」

 

そう言いました。

それに対して二人のインタビュアーはこう答えました。

 

「いまこっちの人にインタビューしてるから充分だわ」

それにあなた、この話の当事者じゃない

 

2人目のインタビュアーの発言に、ああこれはまずい。と思いました。

そうなんです。近寄ってきた女性はスカーフをしていたムスリム人だったのです。

その後のセリフはもっとひどかった。あんまり覚えてないんですけど、テロが起きているのはムスリムのせいだ、とか、あなたたちがこんなことしなければ私たちは怯えずにすむのよ、とか。二人のインタビュアーは絶えず一人のムスリム系の女性を咎め続けました。決してその人のせいではないし、宗教のせいでもないのに。わたしはただ心の中で思いながらじっと黙って見ていました。

 

「もういいわ。こんな思いさせられるなんて思ってもみなかったわ」

 

そう言い残して、スカーフを巻いた女性は去って行きました。去った後も目の前にいる二人は女性の去って行った方向を見つめながらぶつくさ言っていました。ああ、こうやって生まれた差別が、悲惨な出来事を生んでしまうんだ。そう冷静に分析しつつも、口論だけで争いが治ったことに安堵している自分がいました。

目の前にいる女性がアンケート調査票か何かを見て、「もう十分よ、ありがとう」

そう言って、私たちは別れました。

 

すると、また別ののフランス人に呼び止められました

 

「あの女性は演者だよー!」

 

これを聞いた私。

言ってる意味がわからない。聞き取り間違えた?いやでも演者って言ってたけどなんで?

ふと後ろを振り返ると、先程いがみ合っていた3人が肩を揃えて笑ってました。

 

そうなんです。実はこれ、ストラスブールの治安についてなんて小さなアンケートではなく、人間性を試すアンケートだったんです。

思わず自分に対してmerdes!!と声が漏れてしまいました。(日本語のくそっ、と同じ意味)

お題はきっとこんな感じ。

「もし差別主義者を目の前にしたら、あなたはどういう行動をとるか」

ですかね。

 

やられました。

だからタイトル通り、私はただのpetite japonaise だったんです。

実はこの手のアンケート、日本の大学のとある授業でVTRとしてみていました。ある人は人種差別する人に対して怒り、ある人は黙って見過ごし、ある人は差別主義者に手まで出そうとする始末。

どこの国から来たのか、どういう背景を持った人なのか、どういう宗教を信仰していてどのような環境で育ったのか。それによって対応がまったく違いました。

まさか自分がこのアンケートの対象になるとは。そして全くもって、完璧と言っていいほど、私は典型的日本人でしかなかったということが明白になってしまいました。

 

沈黙という行為は、果たして平和を生むのだろうか。見過ごせない場面で沈黙を保つということは、その行為を認めることと同様なのではないだろうか。それはとどのつまり、わたしは人種差別を認めたことになるのではないか。

黙って見過ごすことは簡単だとおもう。でもそれは事を穏便に済ます一手段で、実に自己中心的な考えでもある。事を穏便に済ませるのは一体なんのためか?それはどう考えても、自分が巻き込まれたくないからだ。現にわたしはムスリム女性が立ち去ったことに安堵してしまったから、否定できない。知らず知らずのうちに加害者になっているというのはまさにこの事。

頭でわかっていても、なかなか行動に移すのは難しい。でもきっと、思っている事、だめなことをきちんと言葉にするのは、誰にでもできることじゃないからこそするべきなんだと思う。

 

この一連がアンケートだったことに気がついたわたしは、気がつけば泣いてしまっていた。

なんの涙なのか。自分が典型的な日本人として振舞ってしまって恥ずかしかったからなのか。知らずに加害者となってしまったことへの後悔なのか。はたまた単に驚いてしまったからなのか。

とにもかくにも、その場にいたみんなからハグされました笑

わたしが典型的な日本人だった、とその場にいたフランス人に伝えると、スカーフの女性はこう言ってくれました。

 

「それがわかったなら、きっと次はわたしを守れるはずよ」

 

そういってまたぎゅっとハグしてくれました。

 

その場にいた人が、日本人はみんなわたしと同じ反応だったといっていました。

私たち日本人はなにか起きそうになると、まず先に盾を出します。しかしときに矛を突き出すことも必要だと思います。その矛は、誰かを守るためにあるんだと思います。誰かを傷つけるためだと思いがちの私たちは、発想を少し変えるべきなのではないでしょうか。盾で自分を守っているだけではだめな気がします。

もっと視野を広く。大きな課題です。

日本では味わえなかったこと、ここでたくさん経験していると帰り道しみじみ思いました。

 

どうか、人を守るために矛を突き出す勇気をください。