わたしの居場所
バカンスに入ると書きたいことがたくさん積もりますね。
2日間のケルン旅行を終え、フランスのリールに向かうバスの中このブログを書いています。
宿は友達の寮で、いままで深い話を日本でもしたことがない子だったんですがとても有意義かつ刺激的な2日間でした。
なにより、自分とは何かをその子に気づかされた気がしました。
いままでのブログでわたしの人生についてあまり語ってこなかったのですが、ざっくりいってしまえば人生で2回父の転勤により渡仏経験をしたことのある帰国子女です。小学5年生の頃に2回目の渡仏を終え、帰国しこの歳まで日本にいます。
帰国子女はどこかちがう。
そういう概念が日本に根付いていますが、否定はしません。でも結局わたしも元は日本人のアイデンティティを持っているので、帰国してすぐの時よりだいぶ角が取れた状態でした。
留学する前までは。
日本にいた時、自分の能力をおおっぴらにしないようにしてました。能ある鷹は爪を隠す。それは自分の個性を守る盾のようなことわざだとわたしは思ってます。
昔から褒められることが大好きでした。フランスにいた時もですが、日本に帰って、他の人にはない自分のフランス語という個性に自信があり、頻繁にアピールしました。しかしそんなことは日本という社会では、「高飛車」などと言われてしまうのです。
どんなにフランス語のテストで良い点を取っても「帰国子女だから当然だよね」そう言われてしまうのです。
満点がわたしの基準。
そうなってしまうともうどう言語を伸ばせばいいのか。一時期迷走したことがありました。でもわたしは天才なんかじゃないです。知らない単語だってある。間違えることもある。努力してもつかんだ満点なんです。それを「当然」とされてしまうのはどうも腑に落ちず、苦しみました。大好きだったフランス語を嫌いになって、離れようとも思いました。そんなことがあっても結局続けてるんですけど。それはやっぱりわたしからフランス語を取り除くことは、自分のアイデンティティそのものを削除することと同義だと思ったからです。周りの視線がどうであれ、わたしはわたしでフランス語を努力するだけ。そう思ってここまできたけど、どうもフランス語は伸び悩みました。
でも、留学に来てその理由がわかりました。
わたしに足りなかったのは「ライバル」だったんです。
留学先のストラスブール大学にはFLE(Français Langue Étrangers)があり、様々な国籍の人がフランス語を必死に学習しています。それぞれの目標があってフランス語を向上しようとするその姿勢は、日本には見られなかった光景でした。中国人で、わたしよりも遅く始めたのにもうC1レベルにいて、焦りすら感じました。
フランス語学習歴、10年以上。
何をやって来たんだ自分。
ほおをパチンとひっぱたきました。
いま成長しなくてどうする。
日本にいれば「もう十分でしょ」と何度も言われ、呪いにかかるまいと思っていたけれどもう学習を始めて何年経ってるんだ。十分なんて言葉は欲しかった言葉じゃない。もっといけるはず。
ストラスブールには在外研修で初めてフランス語に触れる外務省の専門職の方だって1年間の滞在でC2取ろうとしてる。今の状態に満足してる自分格好悪くないか?
留学してから早半年。
どこまでいけるかやってみよう。そのためには今自分に必要な最小限のものだけを手に残そうと決意もしました。
2日間一緒にいた友達はもっと言語を伸ばせばよかったと後悔してました。でも人には人の伸び代があると思います。きっとその子も留学でうまく伸びなかったとしても、日本でいきなり言語ができるようになるかもしれない。それは本人次第でもあるのですが。
少なくとも、わたしの場合は日本でフランス語を伸ばすことは環境的にできないと思ってます。
だから今からの目標は、「当然でしょ」と言われない環境まで自分を到達させることです。きっとその先にたくさんのライバルが待ってる気がするんです。お互いに高め合おうと思う人たちが待ってる気がします。爪を丸く研いでしまうのではなく、鋭く、輝かしい爪をもった堂々たるライバルの面々の中にわたしも入りたい。
そこがわたしの未来の居場所だと確信しました。
そんな未来にたどりつくために、今を必死にもがいてしがみついていきます。泥臭いぐらいがわたしにはちょうどいいんです。熱湯かかってこいって感じなくらい、今ならどこへでもなんでも立ち向かえる気がします。
自分の居場所のために、自分のこれからの人生のために。これからの時間は無駄にしたくありません。邪魔もされたくないのです。
自分本位な決断できっと誰かを傷つけてしまうかもしれない。でもその分わたしも傷ついていることを、いつか理解してくれると嬉しいと思います。
いままでもだったけど、まさに今日からわたしは自分の未来のために生きます。
そのことに気づかされてくれた友達、そして応援してくれた人たちに感謝して前に行きます。
そしてどうか、日本で自分の能力を出しあぐねている人たちがいつか背中にある大きな翼に気がついて飛び立てるといいなと思います。